ニューヨークタイムズ紙のベストセラー作家、L. ロン ハバードの出版社

第4回ロンドンACC

 第4回ロンドンACC

第4回ロンドンACC

ロンドンは以前から、サイエントロジーにおいて独特の意義を持つ場所でした。具体的には、L. ロン ハバードが「フィラデルフィア博士号コース」の準備段階として、1952年11月に「セータの統制」講演をこの地で提供したことがその 一例です。それは、外在化、セータ・クリアリング、OTといったその後に登場するすべてのものが始まった時期でした。彼はそれからほぼ3年ぶりにイギリスに帰ってきたのです。彼の狙いは彼らを凄腕のオー ディターにすることでした。彼はまず、「取り上げることのできる最も基本中の基本」から始めました。「オーディターの規律」よりもさらに基本的なもの、すなわち「ルードメント」 です。次は、ケースの向上の要となる、選択力を回復させるための「プロセシングの6つのレベル」でした。ほぼ1年近くACCを提供していなかったことを考慮して、ロンは驚異的な新しいデータを次々と提示しました。それにはすべてのオーディティングの基礎となる飛躍的な進歩が含まれていました。プリ・クリアーの「知らないでいる」能力をリハビリテートし、それによって彼を本来の状態から転落させた「第1のポスチュレート」を取り消すプロセスや、現時点の問題の解決にも、生きることそのものにも適用される「混乱と基となるデータ」、セッションからアウトするプリ・クリアーへの対処法などです。ハバード氏の活動は大きな熱狂を巻き起こしたため、ハバード国際サイエントロジスト協会は拡張し、ロンドンで最も賑やかな地区に新しい本部施設を置くことになったのでした。

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詳しい情報 第4回ロンドンACC

「プリ・クリアーの生来の状態は、彼はすべてを知っているということです。彼は第1のポスチュレートで『知らない』、第2のポスチュレートで『私は何かを知っている』、第3のポスチュレートで『私はそれを忘れる』、第4のポスチュレートで『私は今それを思い出している』と言わなくてはなりません。おやまあ! 『思い出している』は何かを知っているという嘘のノット・イズネスの、アルター・イズネスです。彼は存在するすべてのことを知っています!」― L. ロン ハバード

ハバード氏が1955年9月にロンドンへ到着したことは、サイエントロジー全体の発展にとって、歴史的な一時代の幕開けを示すものでした。

イギリスでは、サイエントロジーのオーディターたちによって活動領域が急成長していましたが、それまでのロンドンACCはすべてロン以外の人によって監督され、アメリカACCから選ばれたL. ロン ハバードの講演を再生していました。この ロンドン上級臨床コースは第4回となってはいますが、ハバード氏自身が直に提供した最初のものだったのです。

事実、ロンドンはすでにサイエントロジーの調査と開発の歴史上、独特の意義を持つ場所であり、それには具体的には「フィラデルフィア博士号コース」の準備段階としての、1952年11月のハバード氏の講演「セータの統制」が含まれています。その調査の期間には、フィラデルフィアからカムデン、フェニックス、ワシントンD.C.へと場所を変えながら、外在化、セータ・クリアリング、OTに関してその後発表されるすべてが動き出していたのですが、今回は、それからほぼ3年ぶりのイギリスへの帰還だったのです。

L. ロン ハバードはまずイギリスのオーディターたちに最新の情報を与えることに照準を定め、このACCを利用して、最新の技術で地域をクリアーにできる優秀なオーディターをつくろうとしました。そして彼らをトレーニングし、これに先立つ2年間に開発された技術を彼らに指導しました。それは、プリ・クリアーの選択力をリハビリテートするもので、具体的にはプロセシングの6つのレベルのことです。

とはいえ、それ以前に開発したものを見直すことは、ハバード氏の計画の一部にすぎませんでした。ほぼ1年間、彼自身が提供するACCが全く開催されていなかったことを考慮して、彼は第4回ロンドンACCという機会を利用して、それまでに開発した驚異的な新しいデータを次々と示しました。それにはすべてのオーディティングの基礎となる飛躍的な進歩が含まれていました。

  • 第1のポスチュレート:公理36から開発されたプロセスで、プリ・クリアーの知らないでいる能力をリハビリテートし、それによって、彼を本来の状態から堕落させた第1のポスチュレートを取り消す。
  • 混乱と基となるデータ:単にオーディティングやプリ・クリアーの現時点の問題の解決のみならず、生きることそれ自体に、基となるデータを適用すること。
  • オーディティングでの存在感:プリ・クリアーの選択力をリハビリテートしている人物としての、オーディターの存在感。
  • コミュニケーション・ブリッジ:その定義、およびひとつのプロセスから次のプロセス、またはひとつの存在性の状態から別の存在性の状態へと橋を架けるステップ。
  • セッションを再開する:セッションからアウトするプリ・クリアーについて、その根底にある理由とその対処法。
  • 実践を始める方法:パブリックがオーディターを見付けることを可能にするという最初のステップから、コミュニケーションの経路を提供することに至るまで、詳細にわたる説明。

さらに、上級臨床コースに対する強い要望があったことに加え、これはパブ リックとオーグの両方の領域における確立と拡張の時期でもありました。

イギリスへの最初の帰国を利用して(また彼の帰国の噂が広まるにつれ、パブリックからの要望があったことも少なからず関係していますが)、最寄りのリンゼイ・シアターを会場として、ハバード氏による2回の一般向け公開講演が、それぞれ土曜の午後に開催されました。彼の人気と、新しいパブリックがサイエントロジーに絶大な関心を寄せていることは明らかでした。というのも、2週目の週末には会場は満席となり、通路にまで溢れ出したのです。その2回にわたる土曜の午後、いまだ第2次大戦後の困難に悩まされていた一般大衆に基礎的な技術を提供しました。それはハバード氏にとって、続く調査と開発のために必要な、パブリックとの相互交流の機会となりました。その調査と開発は、社会の現実的な問題を解決する広範なプログラムを開始するためのものでした。そのプログラムと技術は、翌年続々と発表されることになります。

そしてまた、彼の活動によって大変な熱狂、関心、発展がもたらされたため、ロンドンのハバード国際サイエントロジスト協会は急速に拡張し、ホランド・パーク・アベニューの敷地では手狭になってきました。その拡張に対応するため、組織はブランズウィック・ハウスに移転しました。それはこの街でもとりわけ交通量の多い、パレス・ガーデン・テラスとベイズウオーター通りの角に位置していました。

というわけで、第4回ロンドンACCを起点として、L. ロン ハバードは、サイエントロジーが世界の舞台において、惑星の生存を実現する上での強力な勢力という役割を担えるように、その方向性を定めることになったのです。

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